目
毎日紙面(アンカーはたぶん10/18までは有効かと)を見たとき”「負けてはならぬ」宿命か”という文字に”?”マークだった。ディープはすでに無敗ではなかったし、凱旋門賞は勝てるかも知れないという期待が大きかったのであり、必勝というのとは違ったのではないだろうか。馬券は圧倒的な一番人気だったが、これはジャパン(応援)マネーではなかったかと思う。
この記事では、JRAまで乗ってしまった「お祭り」凱旋門賞を「違和感」という言葉から入り込んでいた。でもどこに違和感を感じていたのかよくわからなかった。たしかに自分の管理下にないはずの凱旋門賞のコマーシャルまで作ってしまったJRAにはあっしは違和感を感じていたが、この記事では負けてはならないという重圧感の下に生きる人の共感がディープ人気につながったかもしれないとあった。あっしは、もし本当にこういう共感があるのならばそれを「違和感」には感じないな。
凱旋門賞を負けたことでその違和感は無くなったのだろうか。もし勝っていたら意思のあるアスリートのようだとは思えなかったのだろうか。違和感が無くなったら来年の再チャレンジを望むのだろうか。なぜ一般紙の記者が1頭の馬を追わなくてならなかったのだろうか。そしてディープは負けて痛々しかったのだろうか。多くの疑問が湧いた。
ただ一つ、ディープが負けて「シュン」とした日本人がいたというのは確か。あっしは翌日の月曜日もシュンとしていた。
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